〜野良猫のシャーは人間にもいる〜
最近、あるお客さんとのやり取りがあった。
結論から言うと、めちゃくちゃ野良猫のシャーシャーにそっくりだった。
というのも彼、早々にこんな感じで噛みついてきたのだ。
「は?デブでバツイチでハゲのどこが素敵なんだよ?バカにしてんのか?💢」
もうこの時点で、内側で何が起きてるのか察するよね。
“自分が傷ついた場所”に触れられたときの反応がそっくりなんだよ。
野良時代のカンちゃんも、まさにこんな感じだった。
おそらく人間にぶたれた経験があったのか、
怖くて、痛くて、人間不信で、
とにかく“全力で威嚇して自分を守ろうとしていた”。
シャーッ!と叫ぶのも、
爪を立てるのも、
噛みつこうとするのも、
全部「これ以上近づかないで!」という必死のサイン。
あの頃のカンちゃんを知ってると、
今回のお客さんの反応も
“攻撃したいんじゃなくて、怖いからキレてるだけ”
って、どうしてもそう見えてしまう。
■ パターン@:建前ガチャ(ループ)
話を進めようとすると、毎回返ってくるのがこの3点セット。
•「女は建前しか言わない」
•「綺麗事だろ?」
•「どうせ見た目が全てじゃん」
はい、これ定型文として常に返ってくる。
私が何を言っても
「全部“女の建前”扱い」にされるから、
話が成立しない。
■ パターンA:嘲笑コンボ
そして今回追加された新技がこれ。
「そんな綺麗事言ってて恥ずかしくないの?笑笑」
完全に“自分の不安をごまかすための嘲笑”パターン。
中身は空っぽだけど、相手をバカにして
自分の弱い部分を守ろうとするときに出るセリフ。
心理はめちゃくちゃ分かりやすい。
人は自信がある場所は、馬鹿にしない。
馬鹿にするのは、自分が弱っている場所だけ。
■ 私はこう返した
ここで私が伝えたのはただ一つ。
「あなたの感覚を“女性全員の真実”みたいに扱わないでほしい」
第一印象で外見を見ること自体は自然。
でもそれと「外見最重視」は全く別の話。
人は関わる中で印象が変わるし、
最初の仮面が剥がれたあとで見える本音だってある。
だから私はこう伝えた。
•あなたの価値観を否定したいわけじゃない
•でも私まで同じだと決めつけられるのは違う
•その“真実”に根拠はあるの?
•もし証拠があるなら、あなた個人の感覚ではなく、客観的に証明された“根拠と事実”を説明してください
これだけの話。
でも相手は根拠を出せないから、
ひたすら揚げ足とりと感情論に逃げていく。
■ 本質:これは“理屈の問題”じゃない
ここまで来ると、もう確信する。
これは“理屈やデータの問題”じゃなくて、
“過去に傷ついた経験”がそのまま口を動かしている状態。
女性全員をひとくくりにして攻撃するのは、
その裏に“強烈な裏切り経験”や“トラウマ”があるときの典型。
野良猫のシャーシャーと全く同じ。
怖い → 信じられない → 攻撃する
この流れ。
■ 結論:野良は時間をかければ懐く
今回のお客さん、今はまだ“シャーシャー期”。
引っかかれるし、噛まれるし、
こっちの言葉なんてほとんど届かない。
でもね。
ここまで攻撃する人ほど、
心を開いたときに一気に甘えん坊になる。
かつてのカンちゃんがそうだったし、
人間の“シャー”も本質は同じ。
だから私は、相手が続ける限り向き合うつもり。
もちろん、境界線守りながらね。
■ 最後に:これは“綺麗事”じゃない
綺麗事と言われようが、笑われようが、
私は事実だけを見て話してる。
•人は一人ひとり違う
•決めつけは真実ではない
•相手を知るには、対話が必要
これが私のスタンス。
「綺麗事w」と鼻で笑う人ほど、
自分の綺麗事の殻に閉じこもってるもんだよ。
なるほど。
自分の知り合いにも、このような感じの人がいます。
「人は一人ひとり違う」は真実ですね。
対話を重ねたいとも思いうのですが、しんどくなるのよ。